私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK

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私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

私にとって特別な存在である沢田研二の生ライブ

◎大学で建築の勉強をしていた頃、構造や計算などのハードな学問ばかりして

◎大学で建築に嫌気が差していた頃…

◎下関市内で店舗設計施工の会社を経営していた坂本デザインオフィス代表取締役であり、デザイナーであった坂本先生との

◎出逢いが私の人生を大きく変えました。

◎デザインの勉強と言うことでアルバイト感覚で事務所に行き

◎店舗設計施工の面白さにはまりこの業界に入りました。

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎バブル全盛期、スーツ姿に分厚いシステム手帳を抱えBMWで颯爽と現場に現れます。

◎BMWの社内ではいつも沢田研二のCD…

◎このスタイルこそが、私の埋め込まれた「建築デザイナー」のイメージ(笑)

◎坂本先生みたいに格好良くは無いけど、今でもそのスタイルは受け継がれています(笑)

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎坂本先生にはもっともっと教えて頂きたかった事は沢山あったのですが

◎高速道路での不慮の事故で他界

◎それから、会社は解散し、私は若気の至りで二十歳という若さで独立

◎独立してからずっと生活は苦しくて、泥水を飲まされることもしばしば…

◎そんな時に自分への励ましとして聴いていたのが「沢田研二」の曲

◎坂本先生が側に居てくれるような感覚でした…

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎あれから30年近く…

◎今でも、沢田研二の曲を聴いたり、DVDを観たり…

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎そして、今回…

◎沢田研二のライブが下関であると言うことで

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎初めての生ジュリー!

◎あの頃のジュリーとは全く違う、現在のジュリーかもしれないけど…

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎私にとっては沢田研二は特別な存在…

◎初めて購入したライブチケットはネットでの買い方もよくわからず、定価の金額の倍以上も取られてしまった(苦笑)

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎1967年にザ・タイガースのメンバーとしてデビューした沢田研二(ジュリー)の魅力といえば

◎なんといってもその圧倒的な歌唱力とエネルギッシュなライブパフォーマンスでしょう。

◎2017年7月、東京・NHKホールを皮切りにスタートした50周年記念ライブツアーでは

◎「勝手にしやがれ」「時の過ぎゆくままに」「TOKIO」など

◎ザ・タイガース時代をあわせた名曲50曲をほぼノンストップで熱唱し

◎世代を超えた全国のファンを熱狂させました。

◎沢田研二の長きにわたるキャリアで生まれたヒット曲は数知れず

◎そのいずれもがジュリーでなければ表現できなかったであろうドラマチックな世界観に満ち溢れています。

◎バラードでは甘く艶やか歌声でファンを魅了し

◎アップテンポの曲ではロックコンサートさながらの熱気で会場全体をヒートアップさせます。

◎終演後にはアンコールの声援が鳴り止まず、場内アナウンスがかき消されるほどの

◎熱狂の渦とジュリーワールドの余韻に観客は包まれるのです。

◎年齢を重ねてもスポットライトがよく似合うジュリーこと沢田研二のさらに迫力を増してゆくステージは必見です。(HPより)

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎沢田研二(ジュリー)は1948年生まれの歌手、俳優、作詞作曲家

◎ジュリーというニックネームの由来は、自身が女優のジュリー・アンドリュースのファンだったことに由来

◎中性的な色気と端正な美貌、甘い歌声、高いファッション性が数多くのファンを魅了し

◎60年代から80年代にスーパースターとして日本の歌謡界を席巻しました

◎ファンクラブ名は「澤會」で、様々な年代のファンが支持しています。

◎1967年に爆発的人気を誇る「ザ・タイガース」のリードボーカルとしてデビューした沢田研二(ジュリー)は

◎「君だけに愛を」で国民的アイドルとして熱狂的な支持を得ました。

◎1969年にはアメリカで最も歴史と権威のある音楽雑誌「ローリングストーン (Rolling Stone)」の第28号で表紙を飾ります。

◎1971年にザ・タイガースを解散した沢田研二(ジュリー)は、1973年にソロで「危険なふたり」を発売し

◎オリコン1位を獲得、第4回日本歌謡大賞を受賞しました。

◎1975年に発売された「時のすぎゆくままに」は最大のヒット曲で

◎後にさまざまなアーティストがカバーをしています。

◎その他にも、阿久悠作詞・大野克夫作曲の「勝手にしやがれ」「サムライ」などが大ヒットを記録しました。

◎化粧やアクセサリーを用いたバンドサウンドを広めた沢田研二(ジュリー)は歌謡曲とロックを融合させました。

◎歌手活動以外にも、俳優としても活躍しており、現在では音楽劇にも出演しています。

◎60歳を超えた現在でも精力的にライブを行っており

◎音楽業界とファッション業界どちらにも強い影響を与えた沢田研二(ジュリー)は

◎独自のスタイルで時代を切り開いていく大人気のアーティストです。(HPより)

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

◎そんなこんなの初めての生ジュリー!今から楽しみです!

私の師匠である坂本先生が大好きだった生ジュリーのライブ「沢田研二 70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」

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